BiH旅/旅程…ルートマップ作ってみました

タイトルの "BiH" は今年の夏休みの目的地、Bosna i Hercegovina(ボスニア・ヘルツェゴビナ)の略称。

旅行中のアップは断片的な報告ばかりだったので、これから少しずつ間を埋めていきたいと思う。
というわけで、第一弾はルートづくりのはなし。

スタート地点はクロアチア・ドゥブロヴニクに決めた。航空運賃からするとサラエヴォ単純往復のほうがリーズナブルなんだろうけど…
なるべく行ったり来たりしないほうが効率的だし、BiH随一の観光地モスタルはドゥブロヴニクから日帰りツアーも出ているところだ。ということは、すっかりご無沙汰してしまったドゥブロヴニクの民宿(ソベ)一家と再会する好機でもある。

いずれにしろ直行便はないので、フランクフルト経由のANA~ルフトハンザ便を選んだ。

真夜中の羽田発。これは便利だ!
前日、普通に仕事を終えて、ゆっくり空港に向かえばいい。
休暇初日の午前1時発で、フランクフルト着が現地時刻の午前6時10分。成田発の欧州路線だったら、早めの10時台発便でも最初の機内食を食べ終わったころじゃないかな。
いっぽうこちらは上手くすれば---曜日によっては---同日お昼ごろにはドゥブロヴニクに到着できてしまう。
今回ちょうどいい乗り継ぎ便がなかったが、合間にフランクフルト市内を観光して、午後5時にはドゥブロヴニクに到着した。
もちろん成田発だったらその便にすら間に合わない。
要するに、時間的にフランクフルト半日観光分、得した感じだ(笑)。

さて、ドゥブロヴニク以降のルートはマップに記入してみた↓
画像
各都市間の移動はすべて公共バスを利用。レンタカーにしなかったのにはワケがある。

マップをご覧いただければわかるように、この国はBiH連邦(Federacija Bosne i Hercegovine、FD)とスルプスカ共和国(Republika Srpska、RS)に分かれる。…厳密には中間のような存在のブルチコ行政区(Brčko distrikt)もあるが。

BiH連邦にはクロアチア人(カトリック教徒)とボシュニャク人(イスラム教徒)、スルプスカ共和国にはセルビア人(正教徒)と、紛争後はすっかり住み分けられている。
以前は車のNoプレートの都市名から敵対する側の車が判別できてしまって襲われるなんて話を耳にした。なんせ10年近く旅行可能かどうかと動静をうかがっていたからw。それゆえ、今では国名のみの表記に統一されてそんなことは無くなったと聞いても、果たしてクロアチア・ナンバーはどうなんだろうと不安だった。モスタルまではさほど問題ないと思うが---実際モスタルには様々な国の車が来ていたが---、サラエヴォ市内でちょっと道に迷ったらもうセルビア人側になってしまう。
そんな理由からバスを選んだのだった。どのルートも便が少ないけど安全には替えられない。

ドゥブロヴニクは3回目だから2泊でいい。
モスタルは3泊のつもりだった。ところが昨年キャンセルした宿が2連泊分しか空いていない。来年こそ行きますね!なんてメールした手前?別の宿に引っ越すことにしたものの+1泊では郊外に行く日がなくなるな~なんて考えて2泊+2泊に変更。
サラエヴォ2泊、一番の目的地ヴィシェグラードは小さな町なので2泊、
そして帰りの飛行機のためにサラエヴォに戻って2泊。
ヴィシェグラードからベオグラードに出る手もあったろうけど、あくせく動くのは性にあわない。今回の旅先はいずれも二度と行けないに違いないし、サラエヴォ2泊だけじゃ悔いが残りそうだ。


こうしてなんとか旅程が決まった。


2013ボスニア・ヘルツェゴビナ旅の記事は他にもあります。
この目次からどうぞ→http://www13.plala.or.jp/ufak-ev/2013BiH.html

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